『Ametora(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語』を読む

Ametora: How Japan Saved American Style

今日は、『Ametoraアメトラ日本がアメリカンスタイルを救った物語』を読んでみます。2017年に出版された本ですが、電子書籍化を待ったりしていたらこの時期になってしまいました……。

著者は、デーヴィッド・ マークスW. David Marx)氏。1978年生まれのアメリカ人で、ハーヴァード大学を卒業後、慶応義塾大学に留学経験もあります。日本語は堪能。本書はまず英語版が出版され(2015年)、その後日本語版が出ました(日本人が翻訳しています)。

書名のとおりアメトラアメリカン・トラッドが主要議題なのですが、もっと広くアメリカンスタイル全般の日本への影響も大きく扱っています。全10章はこんな感じ。

スタイルなき国、ニッポン
絵本アイビー図鑑 The Illustrated Book of IVY

まずは何はなくともこの人、石津謙介。メンズファッション(特にカジュアルウェア)不毛の地だった日本で奮闘し、そしてついにアイビー・リーグ・スタイルを見出す。

代々の資産家だった石津はすぐさま、アイビー・リーグのファッションと 〝弊衣破帽〟 の粋で荒々しいスタイルのあいだに共通点を見いだした。

アイビー教――石津謙介の教え

石津が創業したヴァン・ヂャケットVAN Jacketくろすとしゆきなどの若手社員が入社し、苦労しながらアイビーの服を再現していく。“TPO” という考え方もVANの発案。若者の間で大人気となるが、みゆき族が銀座をたむろして問題になる。

教師はVANのシャツの襟から、ボタンをもぎ取れと生徒たちに強要した。

アイビーを人民に――VANの戦略

アメリカでは資産家を意味するボタンダウン・シャツが、日本では犯罪行動と結びつけられていた。

Take Ivy(テイク・アイビー)の日本語の復刻版が出ました!

1964年東京オリンピックの選手のブレザー姿、そしてアメリカの大学を取材した “Take Ivy” の映画の上映会などで、アイビーに対する世間の印象は改善される。VANの全盛期。大人向けのラインであるKentケント)も登場。

Kentのイメージを 〝トラッド〟 という新たな用語で刷新した。

ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?

長年、不良少年の象徴とされてきたアイビーが、いつしかお行儀のいいファッションの代名詞になっていたのだ。

日本におけるジーンズ受容の経緯(ヒッピーや学生運動などの反体制派の話など)と、ビッグジョンBig Johnを中心とした日本製ジーンズの開発苦労話。カイハラ倉敷紡績クラボウといった重要な企業も登場する。

(ビッグジョンは)1976年にはほぼ150億円相当のジーンズを売り上げ、対してエドウィンは65億円、リーバイス・ジャパンは56億円だった。

アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立

日本はあまりに 〝デリケート〟 でファッションを重視しすぎていると考える小林(泰彦)は、この国の文化に、「粗野で素朴な」L.L.ビーン的フィーリングを取りこみたいと願っていた。

Made in U.S.A.カタログの発刊とヘビーデューティーHeavy Duty)ブーム、そして雑誌ポパイPopeyeの創刊という流れ。しかしアメリカ東海岸スタイルは不調だったこともあり、1978年にVANは倒産してしまう。

「リーバイスとレッドウィングは、まぎれもない本物です。VANは決してリーバイスにはなれませんでした」

くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ

彼(山崎)は毎号、『メンズクラブ』を読んでいたが、それは「書いてあることとは逆の方向に」いくためだった。

ピンクドラゴンやクリームソーダといったお店でフィフティーズ50s)スタイルを流行させた山崎眞行の成功譚と、不良のファッションの話。前の章までは大学生やホワイトカラー層の話だが、この章はブルーカラー層の話である。

(ヤンキーは)もともと無骨な 〝米国人〟 のGIを指す言葉だが、その後、日本独自の意味を持つようになった。

新興成金――プレッピー、DC、シブカジ

1978年のVANヂャケットの破産で、アイビー市場に400億円相当の空隙が生じると、ブルックス・ブラザーズはここぞとばかりに、日本に最初の店を出した。

『True Prep』(『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』続編)の日本語版が出ました!

70年代(1970年代)末のプレッピーブーム、カラス族でおなじみのDCブランドブーム、そしてアメカジの発展型といえる80年代(1980年代)末の渋カジシブカジ)ブーム……、バブル期前後の日本の絶頂時といえる時代のファッションの変遷を解説した章。

ビームスBeamsなどの「セレクトショップ」もこの時期に登場。

原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出

藤原ヒロシNIGOを中心としたいわゆる裏原宿裏原系の話。このへんも基本的にはいちおうアメカジ系のファッションではある。

ティーンがもっとも憧れるブランドはもはやアメリカではなく、東京のある特定の地域から生まれていたのだ。

ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭

ここは章題そのままの内容。有名古着店やレプリカ系ブランドが多数登場。

その一方アメリカでは、ほとんど誰も古いリーバイスやリーのジーンズの潜在的な価値に気づいていなかった。

アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

アメリカ的な衣類の伝統については、多くの面で、日本のほうがアメリカよりもはるかに多くを受け継いでいる。

00年代(2000年代)のアメトラの復活劇と、“Take Ivy” の復刻をきっかけとしたアメリカへのアメトラの「逆輸出」の話。そしてこれからの日本についての考察。

日本は自分たち自身の遺産を頼りに、新たなファッションのアイデアを生み出していかなければならないだろう。

『オフィシャル・アメリカン・トラッド・ハンドブック』(“Official American Trad Handbook”)を読む

――ざっくりまとめますと、アメリカ人が忘れつつあったアメトラ・アメカジ文化を、日本人が独自に研究しアメリカに逆輸出した、という内容の本といえるでしょう(一方で、日本人は着物文化を忘れつつあるのかも……。どこかの国が独自に研究していたりして)

副題に「日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?」とあるとおり、アメトラに限らず日本における(特に若者向けカジュアル)ファッションの歴史が分かる本でもあります。流行の移り変わりの激しさ、流行のはかなさを実感できます。

ただ、この書名ですから、どうしてもヨーロッパ方面の影響についての記述が薄くなるのは仕方のないところ。JUNジュンBIGIビギ)などの活躍をまとめた本があれば便利そうですが、この本ほどは面白くならない気も。

いずれにせよ、アメリカの服に興味がある人なら、この本は必読です。当ブログの「課題図書」のひとつに入りますね。すべての章を個別に取り上げて考察したいくらい。

W. David Marx(デーヴィッド・ マークス)

さて、著者のデーヴィッド・ マークス氏は、なんとあのグーグルGoogleにお勤めなのだそう(いまもそうなのかな?)。

マークス氏へのインタビュー記事はどれも面白いのですが、特にこちらの記事はなかなか興味深い内容だと思いました。2018年くらいのインタビュー。

それでは。

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